名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和57年(ワ)223号 判決 1985年3月07日
愛知県安城市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
田代清一
右同弁護士
岩本雅郎
(住居所不明)
(最後の住所)名古屋市<以下省略>
被告
Y1
名古屋市<以下省略>
被告
Y2
右訴訟代理人弁護士
堀井敏彦
愛知県西春日井群<以下省略>
被告
Y3
名古屋市<以下省略>
被告
フジ・インターナショナル・コモデティズ株式会社
(旧商号 株式会社 武友)
右代表者代表取締役
A
同市<以下省略>
被告
Y4
主文
一、被告Y1、被告Y3、被告フジ・インターナショナル・コモデティズ株式会社は、原告に対し、各自、金五〇〇万円及び右金員に対する昭和五七年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告Y4は、原告に対し、金五五〇万円及び右金員に対する昭和五八年一二月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告の被告Y1、被告Y3、被告フジ・インターナショナル・コモデティズ株式会社、被告Y4に対するその余の請求、被告Y2に対する請求をいずれも棄却する。
四、訴訟費用中、原告と被告Y1、被告Y3、被告フジ・インターナショナル・コモデティズ株式会社、被告Y4との間に生じた分はこれを三分し、その一を原告の、その余を右被告らの、原告と被告Y2との間に生じた分は原告の、各負担とする。
五、この判決は、第一項、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告Y1、被告Y2、被告Y3及び被告フジ・インターナショナル・コモデティズ株式会社は、原告に対し各自金九五五万九、四二〇円およびこれにたいする昭和五七年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告Y4は、原告に対し金一、六七二万〇、三〇〇円及びこれに対する昭和五八年一二月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 1、2につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告Y1(以下、「被告Y1」という。)、被告Y2(以下、「被告Y2」という。)及び被告Y3(以下、「被告Y3」という。)は、昭和五五年八月から同年一一月の間において、被告フジ・インターナショナル・コモデティズ株式会社(当時の商号株式会社武友、以下、「被告会社」という。)の従業員として被告会社の業務に従事していたもの、被告Y4(以下、「被告Y4」という。)は、右期間中において被告会社の代表取締役であり、同会社の業務の全般を統轄し従業員らを指揮監督していたものである。
2 原告は、昭和五五年八月一五日ころ、被告会社との間に、香港商品取引所における輸入大豆の先物取引を委託する旨の売買取引委託契約を締結し、被告会社は、右契約に基づき、原告の計算において、別紙記載のとおり取引を行った。その結果、差損金計二四七万二、七五〇円及び委託手数料計五七四万円、合計八二一万二、七五〇円を生じた。
3 原告は、右契約に基づき、被告会社に対し、委託証拠金として、同月終わりころ、株券(参天製薬二、〇〇〇株、清算時の時価一四一万四、四三〇円相当)及び現金二〇〇万円を、同年一〇月一日ころ、現金三〇〇万円を、それぞれ預託した。
4 本件契約をめぐる原告及び被告らの行動は次のとおりである。
(一) 昭和五五年八月半ばごろ、被告会社から、原告に対し電話で商品取引の勧誘があり、「株を持っていますか。」「うかがいましょうか。」などと尋ねてきたが、原告は商品取引について全く無知であったから「来てくれなくていい。」と返事をした。翌日、被告会社従業員某が原告方を訪問し、原告に対して「株券担保でいいで、大豆を買えばもうかるから。」「大豆は不作で絶対上がるから。」などと言って執拗に勧誘したが、原告は返事をしなかった。二、三日後、被告Y1が原告方を訪問し、原告に対して「大豆は小豆と違うから今年は絶対もうかる。」などと言って更に執拗に勧誘したため、原告は当初返事をしないでいたが、結局右の言葉を信用して同月一五日ころ、本件取引委託契約を結ぶことを承諾するに至った。
(二) 被告会社は、同日から同年九月二日までの間に、別紙1ないし3のとおり取引を行い、いずれも差益金を生じた。同年八月末ころ、原告は、被告Y1から「大金がもうかった。」との連絡を受け、それならば損をするときも速いだろうと考えて恐ろしくなり、被告Y1に対し本件契約の解約を頼んだが、被告Y1は「大豆は今年不作だから大丈夫だ。」と断言し、原告の申入にとりあわなかった。そして、被告会社は同年九月二日、別紙4の新規の買建をおこなった。
(三) 同月半ばころ、被告Y1は、原告に対し「相場が下がり出したので売から入らなければならない。」と電話し、事情の説明をしないまま同月一九日別紙5のとおり新規の売建を行った。原告は、相場の下落が恐ろしくなり、被告Y1に対して本件契約に基づく取引を全部清算してくれるよう申し込み、「遅くとも同年一〇月半ばまでには清算してほしい。」と依頼した。同月末ころ、被告Y1が「三〇〇万円くらい新しくお金を入れてもらえんか。一週間か一〇日間くらいでいいから。」と言ってきたので、原告は「一〇月半ばには今まで預けた分と合わせて全額返す。」との約束をさせたうえで、前記のとおり委託証拠金として現金三〇〇万円を被告Y1に渡した。
同年一〇月一四日または一五日ころ、被告Y1が原告方を訪問した際、清算金を持参しなかったので、原告は同月二〇日までに持参するよう要求した。一方、被告会社は、同日ころ、別紙6ないし8の取引を行い、その報告書が同月一八日ころ原告方に届いたので、原告は、被告Y1に電話して、同月二〇日までに清算金を持参するよう再度確認した。同月二〇日、被告Y1が原告方を訪問してこないため、原告が被告会社に電話したところ、被告Y1は出社してないとのことであった。
同月二〇日ないし二一日の間に、被告会社は別紙9ないし13の新規の売建または買建を行った。
(四) 同月二三日ころ、被告Y3が原告方を訪問し、別紙13の取引について「売りではいっていますから一〇〇万ちょっと損が出始めています。」と述べ、更に「買っておかないと損がもっと大きくなります。買いましょう。」と勧誘した。被告Y3は、二、三日後、再び訪問して「値が上がっているから、損が大きくならないよう、少しでも買っておいたらどうか。」と勧誘を続けたが、原告は返事をしないままであった。しかし同月二三日及び二四日、被告会社は勝手に別紙14及び15の新規の買建を行った。
(五) 同月二三日以降、被告Y3及び被告Y2が交互に原告方を訪問して、「被告Y2が始める会社に出資して本件取引で生じた損を取り戻したらどうか。」などと申し向けた。
(六) 同年一一月一三日、被告Y3が、原告に対し「とりあえず全部ここで清算しましょう。」と言ってきたので、原告はこれに応じ、別紙13ないし15の取引が仕切られ、本件契約に基づく売買取引はすべて終了した。
(七) 昭和五六年一月二三日、被告Y3が、原告に対し、確約書を示し「五万円だけ、被告会社の銀行口座へ振込んでもらえたら、とりあえず全部終わりです。」と述べたため、原告はこれに応じた。被告らのいうように一切を諒承したものではない。
5 以上の取引中、別紙5ないし15の各取引は原告の委託を受けずに無断で原告名義を以て行われたものであり、別紙6ないし12の各取引は委託手数料を得るために無意味に反覆して行われたものである。また、別紙4に対する5、13に対する14・15の各取引は通常禁止されている「両建玉」であって、以上はいずれも違法な行為である。
6 被告Y1、被告Y2及び被告Y3は、被告会社の従業員として、会社ぐるみで共同して共謀のうえ、前記の取引にあたっていたものであり、被告Y4は以上の指揮監督したものであるから、原告がこれによって蒙った損害を賠償する責任がある。
被告会社は、被告Y1、被告Y2、被告Y3らの使用者として、右被告らがその業務の執行につき原告に加えた損害の賠償をなす責任がある。
7 原告は、以上の各取引によって次のとおり損害を蒙った。
(一) 委託証拠金返還請求権相当額 金六四一万四、四三〇円
(二) 別紙4の取引仕切時における差益金支払請求権相当額 金五三〇万五、八七〇円
(三) 慰謝料
本件によって原告の受けた精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、金三〇〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用
原告は、本件紛争を解決するため、弁護士を依頼せざるを得なかった。その費用は金二〇〇万円を下らない。
8 よって、原告は、被告らに対し、次のとおり求める。
被告Y1、被告Y2、被告Y3及び被告会社に対し連帯して
前記7の(一)及び(二)の合計金一、一七二万〇、三〇〇円の一部である金九五五万九、四二〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五七年七月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
被告Y4に対し右被告らと連帯して
前記の7の(一)ないし(四)の合計一、六七二万〇、三〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五八年一二月三〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、被告Y1、被告Y4が被告会社のそれぞれ従業員、代表取締役であつたことは認める。被告Y2が被告会社の従業員であったことは否認する。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は認める。
4(一) 同4(一)の事実中、被告会社が原告に対し、電話で、次いで直接訪問することによって、商品取引を勧誘したことは認めるが、その際、原告が「来てくれなくていい。」と言ったり、返事をしなかった点は否認する。また、被告Y1が原告方を訪問したのは、昭和五五年八月一五日であり、即日本件契約を締結したものである。
(二) 同4(二)ないし(六)の事実中、被告会社が別表記載の各取引をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。右取引は、いずれも原告の委託によって行われたものである。
(三) 同4(7)の事実中、昭和五六年一月二三日、原告が被告会社に対し、現金五万円を支払ったことは認める。これは、本件契約終了後の差損金及び委託手数料の清算のために行われたものである。右清算は昭和五五年一一月一三日、取引終了時における差損金及び委託手数料に委託証拠金を充当し、残額については同月一四日に原告が被告会社に対し金一〇〇万円を支払い、更に昭和五六年一月二三日、前記五万円が支払われたうえで、被告会社が残金七四万八、三二〇円の債権を放棄したことにより、すべて完了したものである。以上については原告も一切諒承しているのである。
5 同5ないし7の事実はいずれも否認する。
第三証拠
一 原告
1 甲第一号証の一ないし一二、第二号証、第三号証、第四号証の一ないし八
2 原告、被告会社代表者Y4、被告Y3、各本人
3 乙第一号、第三号証の成立を認める。その余の乙号各証の成立は知らない。
二 被告ら
1 乙第一ないし第二八号証、第二九号証の一、二、第三〇号ないし第四六号証
2 被告Y1、被告Y3、被告会社代表者Y4、原告、各本人
3 甲第一号証の一ないし一二、第二号証、第三号証、第四号証の一、二の成立を認める。同号証の三ないし八の成立は知らない。
理由
一 請求原因1の事実中、被告Y1が被告会社の従業員であったこと、被告Y4が被告会社の代表取締役であったことはいずれも当事者間に争いがない。被告Y3が被告会社の従業員であったことは被告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。被告Y1、被告会社代表者Y4及び被告Y3の各本人尋問の結果によれば、被告Y2は昭和五五年六月一六日被告会社に入社し、昭和五六年五月一五日退社するまで従業員として被告会社の業務に従事していたことが認められる。
二 請求原因2及び3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
三 そこで、本件契約をめぐる被告らの行動が原告に対する不法行為といえるかどうか検討する。
原告、被告Y1、被告Y3及び被告会社代表者Y4の各本人尋問の結果並びに成立に争いのない甲第一号証の一ないし一二、第二号証、乙第一号証、第三号証及び被告Y1、被告Y3、被告会社代表者Y4の各本人尋問の結果により真性に成立したものと認められる乙第二号証、弁論の全趣旨を総合すれば次の各事実を認めることができる。
1 原告は、本件契約当時、愛知県安城市に子二人と亡夫の母とともに居住し、農業、内職の軍手製造および貸家などをして生活していたもので、株券の現物を買ったことは数回あるものの、有価証券や商品の先物取引等を行ったことはなく、それら投機的な取引についての知識は全くなかった。
2 被告会社は、昭和五五年二月一九日設立され、商品の先物取引の受託を業としていた。
右受託においては、顧客から注文があると香港商品取引所の正会員たる富士香港有限公司あてに注文を取り次ぎ、同公司から取引の成立の報告があると顧客にたいしその旨の売買報告書を送付するという手続になっていた。
顧客の勧誘、受注、取引についての連絡などは被告Y1ら従業員があたり、被告Y4は代表取締役として業務全般を統轄し従業員を監督すべき立場にあり、実際上も従業員に対しすべての面に亘り必要な指示を出すなどして業務を監督していたものである。
3 同年8月半ばころ、被告会社の従業員たるBが、原告に対し、まず電話で商品取引の勧誘をしたうえ原告方を訪問して、「株は何か持っていますか。」「株券で大豆を買えばもうかるから」とか「絶対上がるから」などと話し、大豆の先物取引をすることを勧めたが、原告は来てくれなくてよい、とこれに取合わなかった。
4 同月一五日ころ被告Y1が原告方を訪問して、契約締結を執拗に長時間に亘ってすすめ、とうとう被告会社と原告との間に本件契約を締結させた。その契約内容は、原告が被告会社に対し香港商品取引所における大豆の売買取引を委託するもので、①その注文をするについてその都度売付・買付の別、新規・仕切の別、数量及び成行・指値の別・値段などを明確に指示しなければならない、②担保として一枚(五〇〇俵)につき二〇万円の委託証拠金を預託する、③委託手数料として一枚につき一万四、〇〇〇円を徴収するというものであった。
しかし、以上の勧誘、締結に当たり、被告Y1、訴外Bは、いずれも契約内容の詳細についても、また右取引の投機性、危険性についても特段の説明をせず、原告もそれらについての不安を具体的に感じることなく漠然と契約に応ずるに至ったもので、右の契約内容について殆ど何も判らないままであった。
5 原告は、同日及び同月一九日ころ、被告Y1の勧誘にしたがって別紙1及び2の新規の買建の注文をし、それらの委託証拠金として同月二〇日株券(参天製薬二、〇〇〇株)同月二三日現金一〇〇万円を被告Y1に渡した。同月二七日、更に、別紙3の新規の買建の注文をし、同月二九日委託証拠金として現金一〇〇万円を渡した。
同年九月二日ころ、原告は被告Y1から右買建玉を売るよう勧められ、これに応じて仕切の注文をしたところ、委託手数料を差し引いて二五五万九、八七〇円の益金を生じた。同日、被告Y1は原告から明確な指示を受けないまま別紙4の新規の買建をした。原告は、右についての売買報告書を見て、取引全部を中止しょうと考え、前記Bにその旨電話したところ、同人が原告方を訪れ、「大豆が上がっていることだし、もう少しこのまま続けたら。」などと話し、右取引についてはそのままになった。
同月一九日ころ、被告Y1が原告方を訪問して「今大豆が下がっているから今度は売りのほうを入れとかないとだめだから。」と申し向けて売建の注文をするよう勧誘したが、原告は当初「お金もない。」ということで断っていた。被告Y1は「(新規の売注文をして委託証拠金を)一週間か一〇日くらい入れておけばまた相場のほうも上がってくると思う。」などと誘ってきたので、原告としてもこれに応じないで従前の委託証拠金まで返ってこないことになったら困ると考えて別紙5の新規の売建の注文をした。その委託証拠金の三〇〇万円は農協で借りて、同年一〇月一日、被告Y1に渡した。原告としては、同月二〇日には農協に住宅資金の返済をする必要もあったため、その趣旨を話し、「遅くとも同日までには委託証拠金の一部の四〇〇万円を返してほしい。」旨被告Y1に申し入れ、同被告もそれを諒承した。
6 その後、同月一四日に別紙4及び5の仕切、6の新規・仕切、7の新規、同月一五日に7の仕切、8の新規、同月二〇日に8の仕切、9及び10の新規・仕切、11の新規、同月二一日に11の仕切、12の新規・仕切、13の新規の各取引が、原告への明確な連絡、承諾なく被告Y1によって行われた。
原告は、同月一八日か一九日ころ、被告Y1に同月二〇日に前記の金員を持ってきてもらうことの確認の電話を入れたが、同日に被告Y1が原告方に来ないため被告会社に電話したところ、被告Y1は不在との理由で連絡がとれず、他の係員の説明では、原告に対しお金が支払われる予定にもなっていないとのことであったので、不安となり、「じゃもう全部やめたいから全部清算してください。」と申し入れ、取引の終了を要求した。
7 このときを区切りとして被告Y1との連絡はなくなり、同月二二日ころ、被告Y3がそれを引継いで原告方を訪問するようになり、「今までのが損になっていますよ。」「買いを入れたほうがいいですよ。」などと申し向けて売注文を勧誘したが、原告は「いや、私はもうお金ないですよ。」と言って断った。被告Y3は、原告の明確な指示のないまま、同月二三日に別紙14の新規、同月二四日に別紙15の新規の各取引を行った。
同月二四日ころから同月末にかけて、被告Y3は、毎日のように原告方を訪問して執拗に右取引の委託証拠金として五〇〇万円を支払うよう要求したうえ、それまでに生じた差損金及び委託手数料合計約八〇〇万円を取り戻すために、被告Y2が始めるという会社に出資したらどうかなどと勧め、原告所有の土地を担保に提供するよう求めた。被告Y2も原告方を訪問して出資について勧誘することがあった。
8 同年一一月初めころ、被告Y3は、原告が右証拠金を調達できないものと判断し、取引を終了させることにし、これを原告に通告し、同月一三日別紙13ないし15の仕切の取引をし、本件契約による取引は全部終了した。その結果、差損金及び委託手数料として八二一万二、七五〇円を生じた。
被告Y3は、右損金処理のため、同日委託証拠金合計六四一万四、四三〇円を充当し、同月一四日、前記の被告Y2が始めるという会社から一〇〇万円を入金させ、昭和五六年一月二三日原告から五万円を徴収したうえ、残金七四万八、三二〇円については被告会社が免除するということにした。その旨を記載した確約書が作成され、原告は署名押印したが、原告においては、以上の取引経緯、内容のすべてを了知の上、結果を含めた一切を諒承したものではなく、内容の詳細が判っておれば到底諒承することのできないもので、それらを知らされないまま、いわれるとおりに署名したにすぎないものであった。
以上認定の趣旨に反する被告Y1の供述部分は前掲各証拠と対比し借信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
四 右認定事実に基づいて被告らの不法行為責任の存否を考える。
1 被告Y1、被告Y3は、被告会社従業員Bとともに、順次入れ代って、原告に対し本件契約による取引を勧誘し、原告の無知に乗じて被告会社との取引契約を締結させ、それを利用して当初こそ原告の指示・承諾を得て取引を行ったものの、別紙6ないし15(各新規分)の取引については、原告から指示を受けることなくして次々に行っていたものである。そして、右取引は昭和五五年一〇月一四日から同月二四日までの短期間に反覆して一〇回行われた点も考えあわせるならば、右各取引は右被告らの従業員(但し被告Y2を除く)が互に意を通じ原告の無知に乗じ、専ら被告会社に委託手数料を得させる目的で、そのためには原告に多大の損失を蒙らせることも巳むえないものとして行われたものと認められ、また被告Y4は以上の全業務についてこれを統轄し、各従業員ら(被告らを含む)に対し指示し監督していたことが認められるので、以上は同被告の営業方針として統一的にその有機的同一体としてなされたものとみられ、以上の被告ら(被告Y2を除く)は共同不法行為責任を負うものと認められる。
これに対し被告らは、昭和五六年一月二三日損金処理のために確約書が作成され、原告も署名押印し、前記各取引の結果を承認した旨主張しているが、前記認定のとおり右確約書作成においては原告は本件契約による取引を終了させることを意図していたものであって、前記各取引の内容を了知し、これの結果を承認する意思まで有していたと認めることはできない。この点の被告らの主張は採用することができない。
2 被告会社は訴外B、被告Y1、被告Y3らの従業員の使用者として同従業員らがその業務の執行に関してなした右不法行為について、同人らと連帯して原告が右により蒙った損害を賠償すべき義務を負う。
3 被告Y2については前認定の如く、原告が別紙13ないし15の各売買の手仕舞をさせる直前において、被告Y3と共に原告に対し、委託証拠金乃至委託手数料の不足分の調達方を勧誘したのを認めうるにとどまり、右の関与から同被告の本件不法行為への共同加功を推認するのは困難であり、全証拠によるも同被告が本件不法行為に加功したとの原告主張を認めることはできず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。
五 そこで原告の損害について検討する。
当事者間に争いのない事実及び前記認定事実に、原告本人尋問の結果を総合すれば、
1 昭和五五年一一月一三日、当事者間に争いのない委託証拠金が、差損金及び委託手数料に充当され、委託証拠金合計五〇〇万円の返還がされないことになったこと、これらは原告が被告らの前示不法行為によって蒙った損害であることが認められる。
2 以上の経緯、殊に本件事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情に照し、原告が要すべき弁護士費用のうち被告ら(但し本訴においては被告Y4に対してのみ請求しているので、同被告に対して容認せられるべきはいうまでもない。)に負担せしむべき額は、金五〇万円が相当であると認められる。
3 以上の認定事実を綜合しても、原告の主張するその余の損害のうち、委託証拠金の株券による部分は、原告の主張する不法行為との関係における損害としての評価額が明らかでなく(清算時における評価額は当事者間に争いがないが、これを以て本件不法行為による損害の評価とすることもできない)また請求原因第7項(二)差益金支払請求権相当額については、本件が商品先物取引契約との形態を利用して、多大の手数料の取得を目的とし、総体としての損失計算が原告の帰属となることも止むなしとしてなされた特異性に照らせば、個々の取引についての計算上の差益金の発生それ自体を独立して採上げることは妥当でなく(むしろ、ときに計算上の益金の出たかの如くみえることにより、多数回の取引の累行という、本件不法行為の手段に利用されている)その支払請求権相当額を損害として主張することは許されないし、同(三)の慰謝料については、財産上の損害額について回復がはかられた場合においてなお精神的損害があるとするには、これを相当とする特段の事情を必要とするものというべきところ、その点の証拠も十分でなく、且つ原告に落度が皆無ともいい難いことに照らし、以上のいずれも認容することはできない。
六 以上のとおりであるから原告の本訴請求は、被告Y1、被告Y3及び被告会社に対しては各自金五〇〇万円及び右金員に対する訴状送達の翌日である昭和五七年七月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、被告Y4にたいしては金五五〇万円及び右金員に対する訴状送達の翌日である昭和五八年一二月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、同被告らに対するその余の請求及び被告Y2に対する請求は失当であるからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田宏 裁判官 寺本嘉弘 裁判官 秋山敬)
<以下省略>